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女の一生 〈2部〉サチ子の場合 / 遠藤 周作

2014/02/21
女の一生〈2部〉サチ子の場合 (新潮文庫)女の一生〈2部〉サチ子の場合 (新潮文庫)
(1986/03/27)
遠藤 周作

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第二次大戦下、教会の幼友達修平と、本当の恋をし、本当の人生を生きたサチ子の一生。

戦争の嵐は、教会の幼友達サチ子と修平の愛を引き裂いていく。

修平は特攻出撃。

そして、長崎は原爆にみまわれる……。



「女の一生 キクの場合」の第二部になります。

二部だけで物語は成立していますが、キリスト教の置かれた立場の変化を見るなら、続けて読む方が断然いいと思います。


幸薄く、子を残すことが出来なかったキク。

キクといつも一緒にいた従妹のミツは、その後切支丹の男性と結婚し、子を残していた。

この物語は、ミツの孫であり、キクの血を引いたサチ子の一生です。


宗教の自由が認められ、長崎の大浦天主堂にお祈りに行くことが、ごく普通の日常となった時代。

そんな日常の風景がとても美しく幸せに感じるのは、浦上の人々の願い続けた世界だったから。

だが幸せは長く続かなかった。

戦争がはじまり、戦局が悪くなるにつれ、敵国の信じるキリスト教は再び迫害を受ける。


キクが切支丹を信仰する清吉を愛してしまったように、サチ子も共に教会に通う修平を愛してしまう。

徴兵される修平。

人を殺してはならない。

自分の命を殺めてはいけない。

小さなころから当たり前のように教えられてきたはずのことを守ることが許されない戦争。

矛盾に誰も答えることが出来ず、苦しみながら徴兵されていく。


サチ子にできることは、キクが祈り続けた聖母マリアに祈るだけ。

あの時のキクの姿をなぞるように、サチ子はひたすら修平の無事を祈り続ける。

捨て身のキクには悲しさがあると同時に、光を放つような強さと美しさがあった。

それに対してサチ子の印象はとても薄い。

親や周りの迷惑にならないように、自分の思いを心の深い部分に押しとどめて、じっと耐えている。


当時日本には宗教に関係なく、家族の無事をひたすらに祈り続けたサチ子のような女性が数多くいただろう。

表面上万歳と口にしながら、心の中では戦争に反対し、どうかどうか無事にと願う心。

一見平凡に映るサチ子だが、彼女が辿った人生をとても美しく感じます。



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13:37 遠藤 周作 | コメント(0) | トラックバック(0)

女の一生 〈1部〉キクの場合 / 遠藤 周作

2014/02/16
女の一生〈1部〉キクの場合 (新潮文庫)女の一生〈1部〉キクの場合 (新潮文庫)
(1986/03/27)
遠藤 周作

商品詳細を見る

長崎の商家へ奉公に出てきた浦上の農家の娘キク。

活発で切れながの眼の美しい少女が想いを寄せた清吉は、信仰を禁じられていた基督教の信者だった……。

激動の嵐が吹きあれる幕末から明治の長崎を舞台に、キリスト教と日本の風土とのかかわりを鋭く追求。

切支丹弾圧の史実にそいながら、信仰のために流刑になった若者にひたむきな想いを寄せる女の短くも清らかな一生を描く。



悲しく辛い物語ではありますが、ずんと胸に残る素晴らしい作品でした。

切支丹の弾圧は歴史として知っていただけで、そこに存在していた人を、個人の心として捉えたことはありませんでした。

恥ずかしながら、今回この物語を読んで知ったことも多い。

以前長崎の大浦天主堂等に行ったときも、何の知識もなく、観光の一つとして流れてしまっていた。

これほどの深い想いを担った場所だと知り、ぜひもう一度行ってみたいと思いました。



江戸幕府により長年禁じられてきたキリスト教の信仰。

激しい弾圧が繰り返され、日本にはもう切支丹はいないであろうと思われていた。

しかし長崎では、教会も神父も存在しない中、表面上仏教徒であるように振る舞いつつ、信仰を変えていない人々がいた。

明治時代になっても信者は追われ、棄教しない人々は女子供も含め流刑となり、容赦のない折檻が繰り返された。

拷問と飢えで多くの人が命を落とし、非人道的な形で棄教を迫られても、彼らは決して祈ることをやめなかった。


話の軸はキリスト教の弾圧、長年の苦しみからの解放であるのに、主人公のキクは切支丹ではない。

キクは隣村に住む切支丹の清吉を好きになった、ごく普通の農家の娘。

なぜ拷問を受けてまで信仰をやめないのか理解できずとも、痛い目をみているであろう清吉を救いたい一心で尽くすことを決める。

好きになった人を救う可能性が少しでもあるのなら、自分の大切なすべてを投げ打ってでも。


我が身を差し出して愛する人を守ろうとする姿は、神々しいほどの光を放つ美しさ。

全く信仰がないはずのキクだからこそ説得力があり、聖母マリアに重なるように見せてくれる。

愛の強さが際立つほど、そこに伴うの悲しさも倍増し、キクの心を思うと不憫でならない。



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17:25 遠藤 周作 | コメント(2) | トラックバック(0)

海と毒薬 / 遠藤 周作

2012/08/21
4062769255新装版 海と毒薬 (講談社文庫)
遠藤 周作
講談社 2011-04-15

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生きたままの人間を解剖する―

戦争末期、九州大学附属病院で実際に起こった米軍舗虜に対する残虐行為。

解剖に参加したのは、医学部助手の小心な青年だった。

彼に人間としての良心はなかったのか?

神を持たない日本人にとっての“罪の意識”“倫理”とはなにかを根源的に問いかける不朽の長編。

第5回新潮社文学賞、第12回毎日出版文化賞受賞。 内容(「BOOK」データベースより)



実際に起こったことをもとに創作して描かれた作品。

捕虜を生きたままで解剖するなんて、どれほど残虐な行為なのだろうか。

あらすじを読むと当然そう感じるはず。

しかしこの物語を読んで、主人公の勝呂を多くの人は責める気にならないのではないだろうか。


逃げ道はあっただろう。

実際に断る権利はあった。

しかし断ることが出来なかった勝呂。

その後後悔の人生を送るのに、なぜ絶対的な心の柱を持てなかったのか。


この物語のテーマにあるのは、日本人とクリスチャンの根本的な倫理面の違い。

守るべき倫理の規範が体に染みついているキリスト教信者なら、このような実験を拒否したと想像される。

それに対して戦時中の日本人はどうだっただろうか。

根底に共通の宗教を持たない日本人は、絶対的な倫理の基礎がなく、集団心理に流されてしまったのか。


相手は敵であり、銃殺刑を待つばかりの捕虜。

この実験によって、今後の医学において多くの命を救う可能性がある。

もちろん麻酔をかけ、無駄に苦しめることなく寝ている状態で行う。

そう言われたらどうだろう。

戦時中に。

状況に応じて迷いが生じる勝呂への問いかけは、そのまま私へと問われている。


部長の妻で西洋人のヒルダ。

彼女のが絶対的な正しさが正しいほど、妙に鼻に付く見せ方は抜群。

女を失ったことで、何もかもに投げやりになった看護婦。

幼少から大人の心も巧みに操ってきたエリート医師の非情さ。

患者を出世の道具の一つとしか思っていない教授の思い上がり。

勝呂を取り巻くサイドストーリーがとても良くて、少ない枚数の作品なのに中身がみっちり濃厚です



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11:22 遠藤 周作 | コメント(12) | トラックバック(0)

わたしが・棄てた・女 / 遠藤 周作

2010/08/25
4061311417わたしが棄てた女 (講談社文庫 え 1-4)
遠藤 周作
講談社 1972-12-15

by G-Tools

2度目のデイトの時、裏通りの連込旅館で体を奪われたミツは、その後その青年に誘われることもなかった。

青年が他の女性に熱を上げ、いよいよ結婚が近づいた頃、ミツの体に変調が起こった。

癩の症状である。

……冷酷な運命に弄ばれながらも、崇高な愛に生きる無知な田舎娘の短い生涯を、斬新な手法で描く。

出版社/著者からの内容紹介



大学生の吉岡努は、文通で知り合った森田ミツを、強引に安旅館に連れ込み体を奪った。

しかし、吉岡にとっては最初から気晴らしであり、やや小太りで田舎臭いミツに嫌悪感さえ感じていた。

大学を卒業後、就職先の社長の姪との交際にこぎつけた吉岡は、ひょんなことから、ミツが石鹸工場を辞め、トルコ風呂で働いていたことを知る。


純文学の遠藤周作 作品の中で、このを小説は軽小説に分類され、とても良く読まれています。

ミツの人生がどんどん落ちてゆき、反対に吉岡の将来は安泰。

それでも吉岡の心のどこかに、ミツを気掛かりに思う心があり、ほんの少しだけ人生がクロスする。


幸の薄いミツだが、可哀想という表現ではなく、哀れだけれど、とことん尊く美しい

私も吉岡のように 何となくミツが気にかかり…

時間を置いてまた読もうと思っています。


これを読むと「嫌われ松子の一生」を思い出しました。

どこか現代にも通づる世界です。


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16:08 遠藤 周作 | コメント(0) | トラックバック(0)
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