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死神の精度 / 伊坂 幸太郎

2014/02/27
死神の精度死神の精度
(2005/06/28)
伊坂 幸太郎

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CDショップに入りびたり、苗字が町や市の名前であり、受け答えが微妙にずれていて、素手で他人に触ろうとしない―

そんな人物が身近に現れたら、死神かもしれません。

一週間の調査ののち、対象者の死に可否の判断をくだし、翌八日目に死は実行される。

クールでどこか奇妙な死神・千葉が出会う六つの人生。



キャラクターあっての死神の物語。

伊坂さんらしさが生きている流石の楽しさでした。


主人公である死神は、登場する章により、容姿と名前が違っている。

全く違う人物像なのに、しっかりとしたキャラクター設定がなされていて違和感はない。

声というか空気が同じで、淡々とした語りと世間ずれした言葉選びが、とても上手くはまっていました。


上から指定されたある人物が一週間後に死亡することを、「可」とするか「不可」とするか。

これを調査し判断するのが、死神の仕事。


もしこの物語が、単純に死んでも仕方がないような悪人を「可」とし、必要とされている善人を「不可」とするのなら。

それは読者からも想定内の、とてもつまらない話になっていたと思う。

分かりきったような安易な善悪判断に走る気が、さらさらないのが可笑しい。


一見、価値が少ない人のように思える人生。

生き生きなんてしていないし、人生を謳歌しているようにも見えない。

でも彼ら一人一人にも、背負った重い荷物や、小さなしこりがあって。

死神が側に立つことで、それらが形として現れてくる。


特に何をするでもない。

近づき話しかけて、相手が死ぬ許可を本部に出し、死亡確認をするという、ひどい仕事をしているのに。

何故だか幸せな物語に思えてしまうラスト。

死神なのに、優しい感覚だけが心地よく残りました。

テンポの速い暴力的な伊坂さんもありですが、やはりこういう作品がしっくりくるように思います。



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11:22 伊坂 幸太郎 | コメント(2) | トラックバック(0)

女の一生 〈2部〉サチ子の場合 / 遠藤 周作

2014/02/21
女の一生〈2部〉サチ子の場合 (新潮文庫)女の一生〈2部〉サチ子の場合 (新潮文庫)
(1986/03/27)
遠藤 周作

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第二次大戦下、教会の幼友達修平と、本当の恋をし、本当の人生を生きたサチ子の一生。

戦争の嵐は、教会の幼友達サチ子と修平の愛を引き裂いていく。

修平は特攻出撃。

そして、長崎は原爆にみまわれる……。



「女の一生 キクの場合」の第二部になります。

二部だけで物語は成立していますが、キリスト教の置かれた立場の変化を見るなら、続けて読む方が断然いいと思います。


幸薄く、子を残すことが出来なかったキク。

キクといつも一緒にいた従妹のミツは、その後切支丹の男性と結婚し、子を残していた。

この物語は、ミツの孫であり、キクの血を引いたサチ子の一生です。


宗教の自由が認められ、長崎の大浦天主堂にお祈りに行くことが、ごく普通の日常となった時代。

そんな日常の風景がとても美しく幸せに感じるのは、浦上の人々の願い続けた世界だったから。

だが幸せは長く続かなかった。

戦争がはじまり、戦局が悪くなるにつれ、敵国の信じるキリスト教は再び迫害を受ける。


キクが切支丹を信仰する清吉を愛してしまったように、サチ子も共に教会に通う修平を愛してしまう。

徴兵される修平。

人を殺してはならない。

自分の命を殺めてはいけない。

小さなころから当たり前のように教えられてきたはずのことを守ることが許されない戦争。

矛盾に誰も答えることが出来ず、苦しみながら徴兵されていく。


サチ子にできることは、キクが祈り続けた聖母マリアに祈るだけ。

あの時のキクの姿をなぞるように、サチ子はひたすら修平の無事を祈り続ける。

捨て身のキクには悲しさがあると同時に、光を放つような強さと美しさがあった。

それに対してサチ子の印象はとても薄い。

親や周りの迷惑にならないように、自分の思いを心の深い部分に押しとどめて、じっと耐えている。


当時日本には宗教に関係なく、家族の無事をひたすらに祈り続けたサチ子のような女性が数多くいただろう。

表面上万歳と口にしながら、心の中では戦争に反対し、どうかどうか無事にと願う心。

一見平凡に映るサチ子だが、彼女が辿った人生をとても美しく感じます。



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13:37 遠藤 周作 | コメント(0) | トラックバック(0)

女の一生 〈1部〉キクの場合 / 遠藤 周作

2014/02/16
女の一生〈1部〉キクの場合 (新潮文庫)女の一生〈1部〉キクの場合 (新潮文庫)
(1986/03/27)
遠藤 周作

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長崎の商家へ奉公に出てきた浦上の農家の娘キク。

活発で切れながの眼の美しい少女が想いを寄せた清吉は、信仰を禁じられていた基督教の信者だった……。

激動の嵐が吹きあれる幕末から明治の長崎を舞台に、キリスト教と日本の風土とのかかわりを鋭く追求。

切支丹弾圧の史実にそいながら、信仰のために流刑になった若者にひたむきな想いを寄せる女の短くも清らかな一生を描く。



悲しく辛い物語ではありますが、ずんと胸に残る素晴らしい作品でした。

切支丹の弾圧は歴史として知っていただけで、そこに存在していた人を、個人の心として捉えたことはありませんでした。

恥ずかしながら、今回この物語を読んで知ったことも多い。

以前長崎の大浦天主堂等に行ったときも、何の知識もなく、観光の一つとして流れてしまっていた。

これほどの深い想いを担った場所だと知り、ぜひもう一度行ってみたいと思いました。



江戸幕府により長年禁じられてきたキリスト教の信仰。

激しい弾圧が繰り返され、日本にはもう切支丹はいないであろうと思われていた。

しかし長崎では、教会も神父も存在しない中、表面上仏教徒であるように振る舞いつつ、信仰を変えていない人々がいた。

明治時代になっても信者は追われ、棄教しない人々は女子供も含め流刑となり、容赦のない折檻が繰り返された。

拷問と飢えで多くの人が命を落とし、非人道的な形で棄教を迫られても、彼らは決して祈ることをやめなかった。


話の軸はキリスト教の弾圧、長年の苦しみからの解放であるのに、主人公のキクは切支丹ではない。

キクは隣村に住む切支丹の清吉を好きになった、ごく普通の農家の娘。

なぜ拷問を受けてまで信仰をやめないのか理解できずとも、痛い目をみているであろう清吉を救いたい一心で尽くすことを決める。

好きになった人を救う可能性が少しでもあるのなら、自分の大切なすべてを投げ打ってでも。


我が身を差し出して愛する人を守ろうとする姿は、神々しいほどの光を放つ美しさ。

全く信仰がないはずのキクだからこそ説得力があり、聖母マリアに重なるように見せてくれる。

愛の強さが際立つほど、そこに伴うの悲しさも倍増し、キクの心を思うと不憫でならない。



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17:25 遠藤 周作 | コメント(2) | トラックバック(0)

カッコウの卵は誰のもの / 東野 圭吾

2014/02/10
カッコウの卵は誰のものカッコウの卵は誰のもの
(2010/01/20)
東野 圭吾

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スキーの元日本代表・緋田には、同じくスキーヤーの娘・風美がいる。

母親の智代は、風美が2歳になる前に自殺していた。

緋田は、智代の遺品から流産の事実を知る。

では、風美の出生は?

そんななか、緋田父子の遺伝子についてスポーツ医学的研究の要請が……。

さらに、風美の競技出場を妨害する脅迫状が届く。

複雑にもつれた殺意……。



絶対的な悪人はいないのに、誰かが死に、誰かが傷ついてしまう。

庇おうとすればするほど複雑に絡まる静かな殺人事件は、東野圭吾の得意とするところだなと思います。


妻の死後、初めて知った流産の事実。

我が子だと思っていた娘は、一体誰の子なのか。

新生児の誘拐事件を耳にしたことはあるが、まさか妻が…

一人悩み、娘の将来を思い、父は全ての罪を被ろうと決める。


出だしはワクワクするような面白さがあったのですが、肝心な謎解きで少し失速してしまったかな。

都合よく情報が流れ、東野さん特有のきちきちっと角を合わせるような収まりの良さがなかった。

動機も暴露も心理状態も、細かく突っ込みだしたらきりがない。

そういう意味では、しっかり読むには物足りない作品です。


雰囲気的に軽そうな本だったので、私は息抜き用に手に取りました。

気合を入れて読むにはお勧めしませんが、軽く読むにはテンポよく、とても楽しい作品です。



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17:00 東野 圭吾 | コメント(2) | トラックバック(0)

本日より復活いたします

2014/02/06
皆様、長い間ご無沙汰しておりました。

想定よりだいぶ遅くなってしまいましたが、ようやく我が家にも桜が咲いてくれました。

私の務めもひと段落つきましたので、本日よりブログを再開させていただきます。

合間に様子を見に来てくだった方々、本当にありがとうございました。

コメントは残せませんでしたが、私も皆様の所にこっそりお邪魔しては、日々癒してもらっていました。

たくさんの楽しい記事をありがとうございました。



ご心配頂いておりましたが、息子たちに無事合格の便りが届き、ようやく肩の荷が下りました。

そもそも賢い子ではないので、御三家ほどの有名校ではありませんが、我が家にしては上出来の上出来。

感謝の気持ちで一杯です。

高校受験の長男にはまだ受験日程が残っていますが、既に目標校から合格を頂けたので、あとは上を目指して挑戦するのみ。

私の役目は、後ろから見守り応援するだけとなりました。



今まで私は、小学生が受験なんて…と思っていましたが、教育に対する意識の高い東京では、そうも言っていられない。

やはり流れに乗らないと、後々苦労するのは子ども。

戦えるだけの環境を整えるのは親の務めだと思い、慣れないなりに受験というものを勉強し、奮闘した1年半でもありました。


とは言っても、息子たちの学校の成績は、ど真ん中のど真ん中。

スタートも出遅れた受験は思い通りにならないことばかりで、分かりやすいほど困難を極めました。

どの家庭でも絶対にあるであろう、

「そんなことなら受験なんてやめてしまえー!!」

   とか、

「やる気がないなら出ていけーー!!」

みたいなお約束バトルを経ての長い戦いは、涙あり笑いありでしたが、その何十倍もが「やきもき」でした。


ですが今回の経験で最大の収穫は、勉強 = 苦ではないということを、息子から教わったという事。

子どもは勝負事が好きなので、ツボに入れば嬉々として勉強をするのだということを知りました。

まだまだ本命校の試験を残していた1月末のこと、次男が言った言葉に驚きました。



「いやぁ、今まで生きてきて、今年が一番楽しいね」


ぽつぽつと滑り止めから合格を頂き、これからさぁ本番というとき、ふと口にした言葉です。

確かにそうかもしれません。

私もとても楽しかったし、これほど子どもと向き合う濃密な時間はもうないだろうなと思います。



受験騒動の間、色んな方の受験記事からヒントをもらったり、慰められたり、勉強させてもらったりしていました。

私も整理が付いたら、平均偏差値少年達の地味な戦いや、受験のすったもんだを、少しづつ書いていこうと思います。


読書記事も貯まりましたので、これからは一定のペースで更新していきます。

もし宜しければ、また来てくださると嬉しいです。

どうぞよろしくお願いします。



いない間にも押して下さった方、本当に嬉しかったです。
どうもありがとうございました。
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13:55 中学受験 | コメント(20) | トラックバック(0)
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